昭和の暮らし

銭湯と内風呂 #3

次に住んだ家には風呂がなかったので、毎日銭湯を利用するようになった。
定休日はあったが、家から自転車で行ける範囲に3軒の銭湯があったので
困ることはなく、その日の気分で行く所を決めていた。
昭和50年代初頭の頃だが、銭湯は賑わっていた。
混んでいる時間に行くと洗い場が一杯で順番待ちをしなければいけなかったので
いつも終わりがけの時間に行っていた。

大学の寮には無料の大浴場があったが、遅い時間になると湯船の湯が少なくなり
シャワーの湯もぬるくなってしまう風呂だったので
ほとんど銭湯へ行っていた。いつ頃からそうだったのか記憶にないが
銭湯では入浴料の他に洗髪料というものがあり
長い髪を洗う場合には、その料金も支払うように決められていた。
主に女性が対象だったのだろうと思うが、男性も対象になっていた。

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銭湯と内風呂 #2

家にはこうした少し変わった風呂があったが、銭湯にもよく行った。
浴槽の修理のときや、ガス化の工事のときなどは勿論だったが
それ以外でもよく行ったような記憶がある。
ちょっとしたお出かけ気分、非日常気分を手軽に楽しめる場所として
銭湯を利用していたように思う。お風呂自体も楽しかったが
子どもにとって何より楽しみだったのは、お風呂上がりの飲み物だった。
フルーツ牛乳やコーヒー牛乳、あるいは牛乳瓶に入ったリンゴジュースなどを
よく買ってもらっては飲んだ。他にもローヤルゼリー等が入った飲料があったが
値段が高かったからか、子どもが飲むものではないと判断していたのか
そうした飲料は絶対に買って貰えなかったため、想像だけが膨らんでいった。
きっとすごくおいしい飲み物だろうとずっと思っていて
自分で買えるようになってから初めて飲んだときには大きな感慨があった。

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銭湯と内風呂 #1

昭和30年代の一般的な家庭に風呂が普通にあったのかどうか知らないが
私が生まれて最初に住んだ家には風呂があった。
しかし、詳しいことは覚えていないが、作り付けの風呂ではなく
どうも手作りの風呂だったのだろうと思っている。
コンクリートブロックを使って土台を作り
浴槽も洗い場も木でできていた。火力は薪である。
当時の我が家は自営で木工業を営んでいたため
簡単にできるとは思えないが、それくらいの細工は可能だったのだろう。
時々浴槽からお湯が漏れることもあったが、それもすぐに直されていた。
その後自営を止めて薪が手に入らなくなってからは、火力がガスに変わった。
しかし、火力調節などは全然できず、薪の場合もガスの場合も
ぬるい場合は外へ向かって頼んで火をつけてもらうしかなかった。

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貸本屋さん

私がもっと小さい子どもの頃は、古本屋さんではなく貸本屋さんがあった。
お金を取って本を貸すお店である。品揃えは漫画が多かったように記憶しているが
それは自分にとっての関心が漫画だったということで、実際にどうだったのか
子ども相手の店だったのか、大人の客もいたのか
詳しいことはあまり覚えていない。
今で言えばレンタルビデオ店のようなものだと思うが
レンタルのシステムはそれほど体系化していたわけではなく
かなりアバウトだったように思う。ただ、子ども一人ひとりについて
どこの家の誰だということをみんな知っている時代であったので
簡単な貸し出し手続きで事足りていたのかもしれない。
また、借りたものは丁寧に扱い、用が済めばすぐに返すのが当たり前の時代だった。
そして、今ではこの貸本のシステムが、色々な形に発展してきていると思う。

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古本屋さん #3

本は自分にとってかけがえのない財産であり、手放すなど以ての外だと
ずっと思ってきた。しかし、この頃は多少考え方が変わりつつある。
年を取ってきて身辺をスリムにしていきたいと思うようになり
本についても整理していく必要があるのではないかと思い始めている。
思い出だけで、このまま持っていても二度と読み返しそうにない本を
本当に持ち続けていてよいのだろうかと思い始めている。
本を置いているスペースが半分でも空けば、また片付けもはかどりそうだ。
古本屋さんを経てまた新しい人の手に渡り、その人の役に立ったり
楽しみになったりした方が、本にとってもよいことなのかもしれない。
ただ、古本屋さんへ持っていって査定して貰うのはよいが
大切にしていた、自分にとっては価値の高い本が
1冊10円とか20円にしかならないとすると、悲しくなるかもしれない。

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古本屋さん #2

古本屋さんへ行くと、まず漫画の棚へ行って目当ての本を探し
次に一般書の棚へ行って見て回りと、1、2時間はすぐに過ぎてしまった。
特に新しい古本屋さんを見つけると、わくわくしながら中へ入ったものだった。
これもまた買い物を楽しんでいたといえばそうだったのかもしれない。

今は検索すれば一発で結果が分かる。何時間も掛けて書架を探す必要はない。
そして、B・O社ではないが、取扱量の多い古書のチェーン店もある。
私の個人的な考え方かもしれないが、今や本を買うときには
新品にするか古本にするかの選択までできるようになってきていると感じる。
こうして今は古本屋さんへ実際に足を運ぶことは減っているが
行くとやはり楽しい。そして、何時間も本を物色していた昔のことを思い出す。

古本屋さんでは、本を買うだけでなく、漫画本を売ることもあったが
それは間違って二冊買ってしまった本など、ごく一部の本に限られた。

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古本屋さん #1

古本屋さんで本を探すには、店の人に尋ねても要領を得ないことがあり
基本的に書架の隅から隅まで自分の目で探すことになる。
大変と言えば大変なことであった。それでもまだ漫画ならば
目当ての本を古本で探し出すこともできたが
一般の本を古本で探すことは、刊行数の多い本でなければ
かなり難しいことであった。一般の本はどちらかというと探すというよりは
何か面白そうな本はないかと、特に目当てもなく見て回るようなものだった。
興味を感じる本があれば、手にとって内容を確かめ
価格との兼ね合いで購入するかどうかを考えた。
古本のメリットは言うまでもなくその価格であるが
普通の書店で新刊本の棚を見て回るのとは、また違った発見もあり
大変というよりは楽しい時間であった。

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シャンプー #4

正確には、私が小学生になるもっと前の子どもの頃に、液体のシャンプーは
あったにはあったが、普通の家庭でおいそれと買えるものではなかった。
では、洗髪はどうしていたかというと、普通の石けんで洗っていた。
それでは髪が酷いことになりそうだが、丸刈りが標準の男の子には
髪の毛はどうでもよかった。頭も身体と同等だった。
時々粉のシャンプーを使った記憶もあるが
私には石けんのイメージが強く残っている。しかし、さすがに小学生になる頃には
液体シャンプーを使い始めた。その頃は親が誂えたシャンプーであったが
中学生になり、思春期を迎える頃になると、一つの悩みが生まれてきた。
その頃には異性からどう見られるかという意識が強くなり
関連して清潔・不潔という物の見方が実感として分かるようになってきた。
そこで悩みとして現れたのはフケの問題であった。

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切手収集 #7

母の持っていた切手シートの中には、額面が現在と異なるものが数多くあった。
切手の額面は私が生まれてから平成6年までは数年おきに値上がりしている。
平成6年以降は今と同じ額面50円と80円で、その額面の切手は使いやすいのだが
それ以前の額面のものは不足分を足さないといけない。
特に消費税3%が加わった平成元年からの41円と62円の何とも半端な金額の切手は
不足分を足すのが面倒で、かなり使いにくい。1円部分には目をつぶり
41円切手を2枚使って80円切手代わりにした方が現実的だが
そうした不足分を足した切手の手紙はどこにでも出せるものでもない。

これ以上持っていても価値が上がる見込みはないため
子どもたちに残すほどの代物ではなくなった。かといって使い切ることもできない。
そこで母親が考えたのはプレミアのある切手としてではなく
あくまで額面通りの切手として換金することであった。

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切手収集 #6

利益を得るなどとんでもない話で、購入に要した全ての費用を
銀行に預けていたならばよほど増えていただろう。
ものの価値というものは概して需要と供給のバランスで決まる。
私が収集していた頃は同じように切手収集を趣味とする人が多く
一定数の需要があったのだろう。そして、人の趣味が次第に多様化し
私もそうであったように、多くの人が切手収集から離れることで需要が減り
逆に供給は次から次に新しい記念切手が数多く発売され
特にアニメの絵柄が出たときは、これが普通に通用する切手かと
信じられない気分だったが、とにかく巷には記念切手が溢れていた。

こうして母の手元には、額面以上の価値はなく
かといって一生かかっても使い切れないほどの切手シートがたまってしまった。
また、使うことを考えた場合に、もう一つ厄介なことがあった。

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